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愛と命

少子高齢化に伴って巷では「介護疲れによる事件」が流行っていますね。

最近でも裁判員裁判の対象となった事件がありました。


知らない人のために少しだけ概要を書いときましょう。



・夫が妻の首を切り、全治10日の怪我を負わせた。
・夫は13年間、ほとんど一人で妻の介護をしてきた。
・妻は脳溢血で倒れた後からずっと寝たきりで、要介護度「5」だった
・夫は上限35万の介護保険のうち10万程度しか利用しなかった。
・夫が妻に無理心中を持ちかけた際に妻は「まだ生きたい。死にたくない」と言っていた
・夫は妻の首を切った後、自首した
・求刑「懲役4年」、判決「懲役3年、保護観察付き執行猶予4年」



簡単な概要はこんな感じです。


この判決に関して俺は割と否定的に捉えています。


ただ一つ足りない情報があります。妻の意志です。

俺が持っている情報の中では妻の意志と捉えられるものは「死にたくない」というもののみです。

それでは足りません。

まず、夫が無理心中を考えた要因は介護疲れであり、介護疲れが起こった原因は一人で介護をしてきたことにあります。

では、なぜ夫は「たった一人」で妻の介護をしてきたのでしょう。

これには一つの情報があります。

ある時、夫の母が手伝いにきておむつ交換をしたが、その際にベッドを汚してしまって、夫が代わりにやった。それから夫は誰にも手伝いを申し出なくなった。


果たしてこれだけが原因でしょうか?

この時妻はどんな気持ちでどんなことを夫に話したのでしょうか?


夫が一人で介護を続けた原因に妻の気持ちが入っている可能性はないでしょうか?


こうゆうことって証拠として挙げられているのでしょうか?





介護に関しての裁判などを見ているといつもこういったことが気になります。
なんか・・・・・・・「介護する側」の意見は多く出ているのだけど、「介護される側」の意見はほとんどありません。

介護は物を扱うようなものではありません。お互いに人間なのです。公平に意見をもらって、公平に判断すべきです。



もしもそういった内容の証拠もあるのであれば同じように公表すべきです。










題名の内容からかなり離れてしまいましたね。

本題に入ります。記述に間違いがあったら今後のために教えてほしいです。


愛が生まれるためには必ず命が必要です。
命が生まれるためには必ずしも愛が必要だとは限りません。

愛を育む為には必ず命が必要です。
命を育む為にも必ず愛が必要です。

人が生きるためには命が必要です。
人が生きるためには愛も必要です。


そして、愛は命を増やすための道具であると俺は考えます。

しかし、愛は命を保つための諸動作において最も重要なものの一つだと考えます。




本来は愛というのはより良い種族の繁栄のためのものだったはずなのに、いつのまにか愛は命そのものと同等に近いほどに意義のあるものになったのでしょうか?

それとも最初から今と同じようなものとして心に芽生えたのでしょうか?

それとも愛とは人が人たる所以である心そのものなのでしょうか?











・・・・・・・・・・・・・・・・・・まぁ答えは出ないでしょうね。
決めましょうか。自分にとっての愛の意味を。。。。。。。。














では~
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